待ち合わせ場所に現れた青年は、身長182cmの長身です。少し強面の雰囲気に反し、席に着くなりハンバーガーを4つ注文。あっという間に平らげてしまう豪快な食べっぷりと、人懐っこい笑顔のギャップが印象的です。
彼の名前は、ぶんばいさん。群馬県で農家を営む24歳ですが、その経歴は異色です。
「僕、もともと都内でSNSのアカウントをプロデュースしてたんです。」
取材の冒頭、彼はこともなげにそう語りました。SNSの最先端で数字と向き合う世界から、土と向き合う農業の世界へ。一見全く接点のないキャリアチェンジの背景には、彼の大きな身体に宿る鋭い視点と熱い想いが隠されていました。
「社会を知らない大人が、何を教えられるのか。」

大学は教育学部で、もともとは学校の先生を目指していたといいます。しかし、大学生活を通じてある違和感が芽生え始めます。
「新卒で大学を卒業して、そのまま教壇に立つ。社会経験がないまま子どもたちに教えられることって、結局は勉強だけじゃないですか。もちろんそれが1番大事なんですけど、人間性とかやりたいことの見つけ方とか、そういう部分も導いてあげられるのが本当の教育じゃないかなって。」
自分を含め社会を知らない若者が子どもたちの未来を導くことに、一種の恐ろしささえ感じたといいます。その真っ直ぐな問題意識が、彼を教職とは違う道へと向かわせました。
卒業後、彼が選んだのは都内でSNSアカウントをプロデュースするという、現代的な仕事です。
「これからの時代、どんなビジネスでもSNSは支えになる。そう感じたんです。」
知識ゼロからのスタートでしたが、持ち前の探究心で頭角を現します。
しかし、その世界は想像以上に過酷でした。再生回数やフォロワー数という数字が全てで、結果が出なければ即契約終了。
「言わばデスゲームの状態でした」と当時を振り返り苦笑します。数字が伸び悩む夜は、胸がヒヤヒヤして眠れないこともあったそうです。
2年間で培われたマーケティング思考やクリエイティブな発想力。そして、厳しい環境で鍛えられた精神力。この経験が、のちに農業の世界で彼だけの武器となります。
「自分にできることが、ありそうな気がして。」

農業への転身のきっかけはシンプルでした。帰省した際、元々知り合いだった農家(のちの師匠)から農業が抱える後継者不足や高齢化といった深刻な問題を聞いたことでした。
「その話を聞いて、なんだか自分にできることがありそうな気がして。それがきっかけですね。」
最終的には「うちの農園、継いでくれないか」という師匠からの一言が彼の背中を強く押しました。
とはいえ、農業の世界は甘くありません。とくに新規参入の壁は想像以上に高いです。
「正直、ゼロからだったらやってなかったです。たとえば、稲刈りに使うコンバインはうちので2000万円。田植え機は800万円。スーパーカーが買えちゃう値段です。これを全部自分で揃えるとなると、絶望しますよ。」
業界の平均年齢が68歳と言われる中、高齢を理由に辞めていく農家は後を絶ちません。「見ず知らずの人に畑を渡すくらいなら辞めた方がマシだ」と考える人も少なくないといいます。そんな中、彼が「第三者継承」という形でスタートを切れたのは幸運でした。
しかし、待っていたのはまたしても厳しい現実でした。収入は前職の4分の1以下に激減し、家族からも心配の声が上がりました。
「農業って、思った以上に利益が出ないんですよ。真夏の炎天下で一生懸命育てたナスが、数本で200円にもならない。この現実は本当にシビア。気合を入れないと、心が折れそうになります。」
それでも、彼の表情はどこまでも明るいです。その胸には「ただ作るだけじゃない」農業を起点とした未来予想図が鮮やかに描かれているからです。
畑から仕掛ける、農業の新しいカタチ

「根底にあるのは『面白いことをしたい』っていう気持ちなんです。」
彼の挑戦は、すでに始まっています。
そのひとつが、飲食店とのコラボレーションです。大学時代に通っていた長野県で1番美味しいと思うラーメン屋に出向いたぶんばいさん。自身が作ったジャガイモを持ち込み「これで新メニューを作ってくれませんか」と直談判しました。
「『面白そうですね』と快諾してくれて。今、試作してもらってる段階です。農家と人気の飲食店がタッグを組むことで、人々が農業に興味を持つきっかけになるかもしれない。いろんな角度から農業を盛り上げていきたいんです。」
取材時に試作段階だったメニューは「ヴィシソワーズ風冷製つけ麺」として販売され、ぶんばいさんのInstagramのコメント欄には「美味しかった」との声も届いていました。
ファンを巻き込みみんなで楽しむ。前職で培ったプロデュース力が、畑の上で花開こうとしています。
さらに挑戦は農業の枠を飛び越えます。元々のファッション好きが高じ、農業をコンセプトにしたアパレルブランド「FARMADE」を立ち上げたのです。
「農作業にも使える丈夫さを持ちながら、普段使いしてもかっこいい。そんなアイテムを作りたくて。本革のベルトは、使い込むほど汚れるほど味が出てかっこよくなるんです。」
農家が作る本気のアパレル。これもまた、農業という仕事のイメージを軽やかにアップデートしていく試みです。
「こんなに応援してもらえる仕事があったんだ。」

新しい挑戦には不安がつきものです。しかし、彼が農業を始めて最も衝撃を受けたのはSNSでの出来事だったといいます。
農業を始めることを報告したThreadsの初投稿。そこに寄せられたのは、想像をはるかに超える温かい応援のコメントでした。
「みんなそれぞれ大変な中で頑張っているのに、それでも人の挑戦を応援してくれるんだって。農業という仕事が、日本においてこんなにも応援される存在なんだと改めて実感しました。こんな仕事、他にないんじゃないかな。一生忘れないくらい衝撃的な出来事でしたね。」
この経験は彼の大きな支えとなっています。
利益率の低さや夏の猛烈な暑さ。厳しい現実にくじけそうになる時、応援してくれる人たちの顔が目に浮かびます。その声援に応えたいという気持ちが、彼を前へと突き動かすのです。
畑にまいた言葉と夢の始まり

これから何かに挑戦したい人に向けて、彼自身が最も大切にしている信条を力強く語ります。
「何かを始めるのって、すごくハードルが高いじゃないですか。だから、実際に行動する前にまずは『言動に移す』こと。言葉にして周りの人に話してみるんです。」
人に話すだけならリスクはありません。でもその一言がきっかけで、助けてくれる人や面白い未来に繋げてくれる人に出会える可能性が広がるのだといいます。
「僕自身、人に話すことで道が開けてきました。だから、もし何かやりたいことがあるなら恥ずかしがらずにまずは誰かに話してみてほしい。僕でよければいつでも連絡ください。」
その言葉には、SNSとリアルな農業の両方を知るからこその確かな実感が込められていました。
5年後彼は「群馬で一番有名な農家になりたい」と語ります。
影響力を持つことで農業の価値を発信し、価格の問題や後継者不足といった根深い課題にアプローチしたいからです。そして、かつての自分のように「農業をやりたい」と願う若者の参入障壁を、少しでも下げていきたいと考えています。
農業の魅力は「とてつもない社会貢献性」だといいます。儲かる農業を実現させることが、日本の食の未来を守ることに直結します。
彼の挑戦はまだ始まったばかりです。土にまみれ汗を流しながら、今日も畑に立ちます。単に野菜や米を育てるためだけではありません。日本の農業がもっと面白く、もっと魅力的になるための未来への種まきなのです。
取材を終えて駐車場で見送っていると、彼が乗り込んだのはスポーツカーのZ。土の匂いをまといながら颯爽と走り去っていくその後ろ姿に、日本の農業の新しい風景が重なって見えました。
ぶんばいさんの活動をチェック!

ぶんばいさんの日常や農業への想いは、以下のSNSで発信されています。ぜひフォローして、彼の挑戦を応援しましょう!
【Instagram】
群馬の米農家ぶんばいです | CHIYODA BASE FARM
ユーザーネーム: chiyoda_base_farm
【Threads】
群馬の米農家ぶんばいです | CHIYODA BASE FARM
ユーザーネーム: chiyoda_base_farm

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